中心
身体の中心とは、...。
中心の軸を引き上げて、肩を横に広げて、後に回して下げると、頭と背骨と骨盤と足の裏を突き抜けるように、身体の中心ができるはず。でもイメージはともかく、それを感覚としてつかむことはなかなか難しい。細くて、鋼のように硬く、でもしなやかな中心の軸を感じるためには、いろいろなところに力を入れないように気をつけないといけない。
Position
正確なポジションも、正しい感覚を得るためには不可欠だ。腕の位置も曖昧では、Pirouetteで回っているときの正しい感覚を得ることはできない。今は、余計なことをしすぎていて、本当に必要な感覚を知ることもできていない。正しいポジションで動くことの大切さについて、いま実感している。
2007年8月16日木曜日
2007年3月9日金曜日
回っているとき(途中)の感覚
中心に集めていくイメージ
回るとき、Prepatiotionから、腕や足を使って、回転のエネルギーを生みだし、そのエネルギーを細い中心の軸に集めていくイメージが、今考えている回転のイメージ。ただ、このイメージだけではうまく回れない。回り続けるためには、顔を付ける必要がある。その動作をするために、目線を一点に固定するのがとても難しい。顔を付けようとすると、ボティが崩れて、軸がぶれて、結局バランスを崩してしまう。それが今の問題点の一つ。
回っている途中の感覚
回り始めにいろいろ注意していることも、一回振り返るときには抜けてしまう。次の回転までキープできず途切れてしまう。なぜか?、どうなっているのか?、自分がどうしているのか観察してみたら、ただ技術的なこと、フィジカル的なことばかりを意識していて、どちらかというと緊張して固まっている感じで、動きになっていないのが分かった。これではバレエじゃないと思って、動きよりも、踊りの意識で動いてみて、それを見直してみたら、回っている途中の感覚の違いに気づいた。
回っているときの感覚、バレエの幸福な瞬間
それは、時間の感覚が変わる、とてもリニアな感じがする、自分の見るイメージと、それが外から見たときのイメージがつながるような、とても不思議な感覚。そして、「あー、これがバレエだ!」と自分でも感じる何かがある。見えるもの(イメージ)、感覚、空間の意識、etc.
この感覚の間、バレエを教えて下さる先生方のことが頭に思い浮かんでくる。レッスンの時、「あー、こればバレエだ」と思っているのと同じ感覚だからかもしれない。自分自身で、自分の中で、このバレエな感覚を作り出すことができたら、それを動きとして表現できるようになるかもしれない。
目線の意識、背中の感覚
あえて言葉で説明するなら、主に気づくのは、目線の感覚と意識と、背中の感覚と意識だ。
KIORI先生がよく注意してくれる「背中を変えない!」ということ、それにバレエの動きのラインと、バレエ的な目線の使い方を加えたような、そんな意識と、感覚がある。それを感じながら、これができるようなったら、本当に幸せだろうなと、観察してしまうような感覚がある。
跳んでいるときの感覚は分かる
床を力強く押して、高く舞い上がるとき。そしてその後、跳んでいる途中に、普通のジャンプとは違う、空間で重力をコントロールするようなバレエの跳躍の感覚がある。この感覚は少しわかる。ジャンプの課題は、大きな跳躍でも小さな跳躍でも、素早いPasでも、常にそれを感じて身体を使えるようになること、踊りとして表現できるようになることだ。
回転の時も同じように、この「途中」の、とってもバレエな感覚を持っていられると、またひとつ違う次元に入れるように思う。
回るとき、Prepatiotionから、腕や足を使って、回転のエネルギーを生みだし、そのエネルギーを細い中心の軸に集めていくイメージが、今考えている回転のイメージ。ただ、このイメージだけではうまく回れない。回り続けるためには、顔を付ける必要がある。その動作をするために、目線を一点に固定するのがとても難しい。顔を付けようとすると、ボティが崩れて、軸がぶれて、結局バランスを崩してしまう。それが今の問題点の一つ。
回っている途中の感覚
回り始めにいろいろ注意していることも、一回振り返るときには抜けてしまう。次の回転までキープできず途切れてしまう。なぜか?、どうなっているのか?、自分がどうしているのか観察してみたら、ただ技術的なこと、フィジカル的なことばかりを意識していて、どちらかというと緊張して固まっている感じで、動きになっていないのが分かった。これではバレエじゃないと思って、動きよりも、踊りの意識で動いてみて、それを見直してみたら、回っている途中の感覚の違いに気づいた。
回っているときの感覚、バレエの幸福な瞬間
それは、時間の感覚が変わる、とてもリニアな感じがする、自分の見るイメージと、それが外から見たときのイメージがつながるような、とても不思議な感覚。そして、「あー、これがバレエだ!」と自分でも感じる何かがある。見えるもの(イメージ)、感覚、空間の意識、etc.
この感覚の間、バレエを教えて下さる先生方のことが頭に思い浮かんでくる。レッスンの時、「あー、こればバレエだ」と思っているのと同じ感覚だからかもしれない。自分自身で、自分の中で、このバレエな感覚を作り出すことができたら、それを動きとして表現できるようになるかもしれない。
目線の意識、背中の感覚
あえて言葉で説明するなら、主に気づくのは、目線の感覚と意識と、背中の感覚と意識だ。
KIORI先生がよく注意してくれる「背中を変えない!」ということ、それにバレエの動きのラインと、バレエ的な目線の使い方を加えたような、そんな意識と、感覚がある。それを感じながら、これができるようなったら、本当に幸せだろうなと、観察してしまうような感覚がある。
跳んでいるときの感覚は分かる
床を力強く押して、高く舞い上がるとき。そしてその後、跳んでいる途中に、普通のジャンプとは違う、空間で重力をコントロールするようなバレエの跳躍の感覚がある。この感覚は少しわかる。ジャンプの課題は、大きな跳躍でも小さな跳躍でも、素早いPasでも、常にそれを感じて身体を使えるようになること、踊りとして表現できるようになることだ。
回転の時も同じように、この「途中」の、とってもバレエな感覚を持っていられると、またひとつ違う次元に入れるように思う。
2007年3月4日日曜日
バレエ
バレエは終わりのない芸術だから、それはいつも前向きで、向上心あふれる気持ちの中にある。今、ここまで作り上げてきたバレエな身体を使って、新たな段階がスタートしたような、新鮮な気持ちでこの数日ぞ過ごすことができている。
より高い次元の原則に対して、それに相応する高いレベルの意識で臨むと、自分でも驚くような結果を生み出すことがある。普通に想像される結果と、実際のエクスキューションの間に生まれる大きなギャップは、計り知れないさらなる進化の可能性を感じさせる。バレエの奥行きの深さ、そしてそれにチャレンジする果てしない道筋を知ることは、大きな衝撃である。
より高い次元の原則に対して、それに相応する高いレベルの意識で臨むと、自分でも驚くような結果を生み出すことがある。普通に想像される結果と、実際のエクスキューションの間に生まれる大きなギャップは、計り知れないさらなる進化の可能性を感じさせる。バレエの奥行きの深さ、そしてそれにチャレンジする果てしない道筋を知ることは、大きな衝撃である。
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動脚と腕:軸脚とトルソ
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