観客の欲求、願いに対して、ダンサー達の思い、自信、表現、そして出来ばえが応える。観客の欲求を上回り圧倒することもあれば、物足りなさを感じることもある。
スタジオの発表会を見にいって、表情がとても大切だと、あらためて感じた。
顔の表情、体を使った表情
ダンサーは、顔の表情だけではなく、体を使った表情ができる。それは猫や犬や虎やライオンが、感情を全身で表現するのと同じように。
つま先や指先、頭の傾げ方、鼻の動き、ボディの微妙など、表現の可能性は限りない。
ダンサーという動物がいる(哺乳類、ヒト科、ダンサー)
ダンサーは人でもあり、ダンサーでもある。
猫やライオン、虎、チーター、カモシカ、ワシ、コンドル、白鳥、人、いろいな動物がいるように、ダンサーという動物がいる。(ヒト科の中に、普通の人、ダンサー、超人、etc.が分かれている)
舞台はダンサーたちの「世界」
舞台上ではダンサーひとりひとりが、全身全霊で表現し、時空間を演出して「世界」を作る。平凡な表現ではそれなりの感動は得られない。
演技は気持ち。そして音楽性。
バレエの演技は、体や表情が素に(人間に)なってしまっては何もなくなってしまう。演じることは自分自身をさらけ出し表現すること。そのための準備は普段の人生ですでになされていなければ、月並みな表現力しか持ち得ない。
バレエはテクニックがないと、表現も
演技では気持ちが伝わる。そしてバレエの表現に(演技をドラマチックにするために)絶対に欠かせないのが、音楽性だ。
同じ役の演技でも、音楽性のあるなしで印象も、伝わってくる感動も違う。クラシック音楽(オーケストラの演奏で!)で、舞台上の空間で、音楽的に演じることがバレエの本質であり、醍醐味だから、音楽的に動けセンスを養い磨くことも、テクニック同様にバレエの重要な課題だ。
クラスレッスンでも、ときには、舞台での動きを想像して、いつも音楽的に動く意識が必要だ。
ポワントワークの集大成
プロの舞台では当然のこととして、美しさのさらなる感動の要素にしかならないことも、ソロ、群舞にかかわらず、それが見れない踊りは、何ともいえない残念な気持ちで胸が痛む。
逆に見事なポワントワークは、踊り感動を何倍にも増幅させる力を持っていると思う。
何パーセントではなく何倍という単位のイメージ。質のスケーラブルな増幅は、ダイナミックで、衝撃度合いや破壊力(!)も大きいのだと思う。
2013年5月13日月曜日
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